第二次安倍政権と同じ歳月を重ねた当ブログ

新しい年が明け、世は「平成最後の*****」の枕詞一色です。同時に平成の30年間がどういう時代だったかを検証する企画もテレビ、新聞、雑誌等で目白押しです。

確かに平成の時代は、冷たい冬の重苦しい季節に昭和天皇崩御されたことで始まったことからしても、明るさや熱さとは無縁の、どことなく「大丈夫だろうか」という漠とした不安の中でスタートしたのです。

あの時の1年2ケ月ほど前に、いわゆる「ブラックマンデー」の株価大暴落で、バブル景気に沸いていた日本経済が、本来であれば危機意識を持って、実体経済重視に舵を切れればよかったのでしょうけれど。

あの頃はまだ、日本全体が「皆んなで渡れば怖くない」式の風潮の中で、ずるずると平成を迎え、やはり現実は甘くないのだ、ということを、その後、20数年にわたって味わわされたのが、平成という時代だったといえます。

そして、絶対総理にしてはいけない政治家である菅直人氏が政権に就いたことで、日本全体が天罰を受ける形で、3.11東日本大震災という1000年に一度と言われる災禍に見舞われたのだと思うのです。

多くの尊い犠牲を払って、日本は沈没の淵から、失われた20数年を取り戻す作業に着手しましたが、これこそが天の配剤と言うべきで、安倍晋三という、一度は「終わった」とされた政治家を表舞台に呼び戻した「日本の底力」によって「失われた日本を取り戻す」ことが可能になったのです。

昭和40~50年代の、ジャパンアズナンバーワンとすら言われた華々しい時代を知る向きからは、安倍政権発足から6年を経た、今の日本の状況を「まだまだ豊かさが実感できない」だの「格差が広がる一方だ」だのと、一向に評価されないのですが、あの凍るようなデフレの真っ只中にあった平成22年当時と今を比べてみなさい、それでもダメだというのか!!と言ってやりたいのです。

もっとも、そういう連中は「いい状態だ」というと自分の非を認めなくてはならないので、絶対「いい」とは言わない連中ですから始末に困ります。

良識ある人なら、もう誰も、あの「失われた20数年間の状況が今も続いている」などと言わないでしょう。おかげさまで、昭和から平成の世に変わった時のあの「時代の気分」と今回とは、ずいぶん違う気分で新しい世を迎えることになりそうです。

世界を見渡せば、米中冷戦をはじめとして、不透明な要素の多い時代ではありますが、日本では2020年東京五輪や2025年大阪万博など、希望を抱ける要因があります。

安倍総理の地球儀を俯瞰する外交は、もはや「自由」と「民主主義」「法の正義」と「人権の尊重」と言った価値観を共有する国々からリーダーとして期待の大きい指導者と評価されるまでになり、日本という国の評価を、20年ぐらい前とは比べ物にならないぐらい高めています。

昨年のG7サミットの模様を切り取った1枚の写真が、そのことを雄弁に物語っていました。

そうした国際社会における日本の評価という観点を重視して、安倍総理には、まだまだリーダーシップを発揮してほしいのてすが、今日の日本における民主主義の成熟度合からして、悲しいかな「外交は票にならない」わけで、2021年の任期満了後も続けてもらうのは至難の業です。

そこで「ウルトラC」を繰り出したいと思います。
ずばり、菅 義偉総理、安倍晋三副総理兼外務大臣でどうですか。
今だって、総理経験者の麻生副総理兼財務大臣なんですから、何の不思議もないでしょう。

何年か前、ロシアのプーチンが、一度大統領を退かなければならない憲法の規定を守る方便として、ネドベージェフを大統領の席に座らせて、自分は首相となったことを思い出しました。

あの場合のネドベージェフは、完全にプーチンの二人羽織みたいな役割でしたが、日本では、そんな必要はありません。国内の課題は菅 義偉大臣が掌握できます。ただ外交面では、安倍大臣の力がどうしても必要です。